『自転車のある風景』
自転車をテーマに油絵を描いています。
「セルリアンブルーの自転車(野島埼灯台)」
F6(31.8×40.9cm)・埼玉県三郷市 E氏蔵
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熱血サイクリストEさんからのオーダー作品です。
千葉県房総半島の野島埼灯台まで150kmツーリングをされた際の記念ショットを元に
制作しました。

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私自身も犬吠埼灯台などロングツーリングの経験があるので、この写真からみなぎる
達成感に感動しました。縦描き、半分以上を空にした構図、雲の動きによってその達
成感を直感的に表現した次第です。
油彩でメカニカルな自転車を描くのは難しいのですが、手描きによる「いびつ」さが
逆に躍動感を醸し出すことをこの作品によって発見しました。

額装した絵は、Eさん宅のリビングに飾られています。
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Eさんは自身のブログでこの絵の感想を熱く語ってくれました。
嬉しい限りです。。。。

テーマ:自転車(スポーツ用) - ジャンル:スポーツ

懐かしの柳橋界隈ポタリング
昨日、7月4日のサイクルトレインに備え、両国駅までの所要時間を把握するべく晴
れ間が覗く朝を突っ走った。水戸街道〜三ツ目通り、約1時間15分。
第一の目的を果たし、次なる目的地を目指し両国橋を渡る。トーキョーって感じぃ。
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柳橋。なんだか風情がねえなぁ(笑)。
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とは言うものの、「船宿」なんてのも健在。やっぱイイ感じだべさ。
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橋の欄干に不思議な装飾が…。
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よく見ると、かんざしだよ。ん〜その昔この橋をお姐さん達が沢山渡ったんだな。
こういうアート感覚っていいよな。
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実は、柳橋界隈は上京して5年あまり会社勤めしていた土地なんよ。18歳から23歳頃か。
この辺りが思い出の路地。か〜、なんもかんも変わっちまったぁ。
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あの頃は、まだお屋敷やら料亭やらが残っていてよ。「色」があったんだが、もう
無機質な町になっちまってた。

実は実は、この町で後に嫁になる女に出会ってんだよ。
初対面は会社の隣にあった喫茶店。女は近所の会社に勤める0Lだった。
で、その喫茶店はどうなってるかってぇと・・・廃墟であった。
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ここにあった喫茶店は元妻に出会う前から俺の青春が凝縮されていたんよ。詳しい
ことは言えねえがな(笑)。マスターは結婚式にも来てくれたなぁ。
結婚式と言えば、式を挙げた上野のホテルもだいぶ前に駐車場になっちまったし、
ことごとく思い出を消し去ってくれているのは…俺にとって良いことだ。

ここは、元の「高砂部屋」があったビル。朝潮だの小錦だの、出稽古に来た千代の
富士も見掛けたな。小錦とは近所のパブで何度も一緒に飲んだもんだ。
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今日の本来の目的地は、「洋食大吉」
二日に一度は昼飯を食いに行っていた。大吉ランチって日替りと、ソテーランチっ
てえのが確か500円だったな。70歳代の品の良い店主とその息子さんがキリモリ
していて、店には「サザエさん」のコミックが全巻揃っていて、俺はいつも豚肉の
ソテーランチを食しながらサザエさん通になっていった(笑)。
で、[ヤホー]で検索したら場所は変わっているものの、今も営業してるってんで
行ってみたんよ。
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ここ、池波正太郎が昭和48年頃行ったそうで、『新しいもの古いもの』って著書で
紹介してんだな。俺が通い始めたのが昭和52年だから同じ体験をしているってことだ。
『私はオムレツでウイスキー・ソーダをのみ、ヒレカツをつまみ、そのあとでチキ
ンライスを食べた。』とある。まぁ、よく食ったなぁ(笑)。
『まっ白な調理服を着たコックたちがきびきびとはたらくさまが、表の入り口のガ
ラス越しに見え、(これなら、うまいだろう)と、おもい、私は入って見たわけだ
が、期待は裏切られなかった。』とある。

11時半の開店と同時に店に入った。
もう既に7、8人の客がいた。老夫婦が多い。店内の雰囲気は、まさに昭和の食堂。
チェック柄のビニール製テーブルクロスの大テーブルに、気兼ねなく相席している。
こりゃ駅の食堂だな。なんだかワクワクする。
メニューは、最も安いのがカレー600円。生姜焼きが750円。あの頃のソテーラン
チはなかった…残念。で、無性にハンバーグが食べたくなり、「昔風ハンバーグ」
900円を注文。デミグラスのハンバーグも同じ値段であったが、大吉オリジナル
ソースの昔風に惹かれたよ。
15分くらい待って出てきた。
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ステンレスの皿を見たのは何年振りだろう(笑)。一見小さめのハンバーグであっ
たが、厚みがあって充分食いごたえありだ。今時の柔らかい食感と違い、箸では切
れない硬さも胃にガツンとくる。ソースも甘さ控えめのちょい和風。まさにオジサ
ン好みの味だな。まあ、驚く程の旨さではないが。

食べ終わる頃、60歳前後のオヤジ四人組が俺の隣に座った。地元の旦那衆って感じ
だな。メンチカツやらを注文して、ビールを頼むかどうするかで大モメしていた。
「一杯くらいいいだろ」、「いや歯止めきかなくなっちまっからよ」(笑)。

店を出て、ちょいと寂しい気分になった。もう思い出のカケラも無かった。新しく
名物店を発見したって感じだな。「昭和は遠くなりにけり」か(笑)。
嬉しかったことがひとつ。注文した後トイレへ立ったのだが、席に戻ると何気にス
ポーツ新聞が置かれていた。ひとりで来店した俺への店主の心遣いなんだな……。

暑くなってきたんで、喫茶店でアイスコーヒーでも飲もうとこれまた昔通った店を
探した。4、5軒探したのだが、やはりことごとく綺麗なビルや駐車場になっていた。
俺たちが言うところの「サテン」は絶滅に瀕しているんかな。

浅草橋から蔵前界隈をポタリングして鳥越神社へ。
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帰路は蔵前橋通りを走ることにした。
蔵前橋で一服。なんともポップな風景。
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デカい建物は、東京都水道局管理事務所。ここは、あの「蔵前国技館」の跡地。
蔵前国技館、1981年に全日本プロレス創立10周年記念興行を観たのが最後だった
な(笑)。

途中迷い込むように辿り着いたのが亀戸中央公園。
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旧中川沿いの緑豊かな素敵な公園であった。沢山の家族が弁当広げていたよ。

市川橋から江戸川サイクリングロードを軽快に走る。
小岩菖蒲園では菖蒲園祭りで賑わっていた。
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ノスタルジックなサイクリングであったが、それを演出するかのように文化放送で
は70年代、80年代の歌謡曲を一日中流していた。最初は懐かしさに浸っていたが、
なんだか急に老け込んだようで、段々イライラしてきたよ(笑)。
そう言えば、大吉の店内BGMもビートルズであったな。
泉谷しげるが忌野清志郎を特集したラジオ番組の中で、「昔は良かったしか言わね
え団塊のバカヤローが許せねえ! 今が最高だって若いヤツに希望を持たせろよ!!」

言っていたのを思い出した。
そう言やあ、「古いヤツだとお思いでしょうが 古いヤツほど新しいものを欲しがる
もんでございます」と鶴田浩二は歌ったが、今時の古いヤツは古いもんしか欲しが
らねえよな。ああ、ヤだね〜。そんなオヤジにはなりたかねえよ〜。
家帰ってSCANDALの「少女S」をガンガン聴いたのでR(笑)。。。。

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プロレスラーの似顔絵
何気に押し入れの段ボールを整理していたら、高校時代に雑誌に掲載されたイラスト
の切り抜きが出てきた。この10年探していたのだが、いとも簡単に見つかった(笑)。
イラストは、馬場さんなどプロレスラーの似顔絵である。
最初に応募したのは週刊明星。ハガキにボールペンで描いた馬場さんの絵が載せら
れた。失神するくらい嬉しかったなぁ(笑)。謝礼は確か1000円だったような。
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これに気を良くして、次に投稿したのが「月刊プロレス」。
これも読者の広場的なコーナーに載った。ん〜あの当時は年齢・住所まで書かれて
いたのだなぁ。16歳…34年も前かぁ(笑)。謝礼はやはり1000円。
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こりゃいい小遣い稼ぎになるなってんで、次々にベース・ボールマガジン社にイラ
ストを送りつけた。
そのうちに、一読者の投稿扱いではなく、カットとして使われるようになった。
ミル・マスカラスを描いた絵にある「読者のリング」の文字は編集側が入れたもの。
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とうとう最後には、記事の見出しに大きく使われるようになった。
謝礼も2000円に上がり、なんだか夢のような気分であった(笑)。
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そして、大いに勘違いした田舎の高校生は、「高校を卒業したら御社で専属イラス
トレーターとして働きたいのでよろしくお願いします」
といった手紙をベース・ボ
ールマガジン社へ送ったのである(笑)。
返事は、もちろん無かった。それでも、その後何度もイラストは採用された。
謝礼で何枚もエルヴィスのLPが買えたなぁ……。

そのうちに、油絵を描き始めたりで投稿も疎かになってしまったのであるが、あの
まま継続していたらイラストレーターとしてのチャンスが巡ってきたのかも知れな
いなぁ、などと今更悔やんでいるのでR。。。。

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『ローマの休日』と『忘れえぬ女』
昨日の新聞で評論家・呉智英の面白いコラムを見つけた。
映画『ローマの休日』は、原題「Roman Holiday」を直訳しているのであるが、
この邦題は一種の誤訳なのだそうだ。

かつてのローマ帝国では、奴隷戦士をライオンと戦わせる見世物があり、ローマ人
は休日に娯楽としてこれを観戦した。観る側は娯楽であっても、奴隷戦士にとって
はこの上ない迷惑である。このことから、「ローマの休日」で他人の迷惑を楽しむ、
あるいは面白いスキャンダル、という意味になった。
つまり、映画の邦題は『はた迷惑な王女様』か『王族のスキャンダル』としなけれ
ばならない。
欧米の教養人ならすぐ分かる「しゃれ」が、日本人には分からなかった。

う〜ん、『ローマの休日』と『はた迷惑な王女様』では印象がまるで違うね。
主演は当初エリザベス・テイラーが候補に挙がっていたそうだが、リズでは「はた
迷惑な王女様」そのものだな(笑)。オードリーだからこそ、無垢で悪気のない
「はた迷惑な王女様」を演じることができ、欧米的「しゃれ」が効いていたのであ
ろうな。
邦題の『ローマの休日』はノー天気な感じで、ゆえに我が国でも映画が大ヒットし
た訳であるが、本来の意味を知っていれば映画をもっと楽しく観られたであろう。
この映画にもオードリーにも何も感じるものが無かった私のような者にとって、こ
の誤訳は罪深いと言えるね(笑)。
ただしこれは、「でたらめな邦題(例えば『愛と哀しみの果て』=(Out of Africa)」
とは水準の違う話である……。

先月、渋谷Bunkamura ザ・ミュージアムの『忘れえぬロシア』展を観た際に、ある
絵の邦題に大いに惑わされた。

イワン・クラムスコイ 『忘れえぬ女』 1883年
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本展覧会のメイン展示であった作品。
19世紀ロシア美術に接する度に、厳格なアカデミズムから生み出される息詰るリア
リズムに圧倒される。
この作品の前に立った時も、神経がすり減ってゆく思いがした。
背景の建物の極端にトーンを落した表現は、絵画的と言うより映画的な演出力を感
じた。そのことが、ダ・ヴィンチの「モナリザ」と同じような伝説的憶測を数多く
生んだとも言える。
まして、『忘れえぬ女』という題名から、否応無しに勝手に物語を描いてしまう。
私自身、絵の前でこのような問い掛けをした…。

忘れえぬ女・・・それは画家にとって忘れられない女性だったのか?。
その女性と画家はどういう関係だったのか?。
女性は馬車に乗って遠い所へ去ってゆくのか?。
胸元の黒いリボンは葬儀のためなのか?。
感情の無い眼差しは、哀しみの極致にあるからなのか?。

そして安易にも、『ドクトル・ジバゴ』のイメージを重ねてしまう…。

ところがだ……この絵の原題は『見知らぬ女』なのだ。
英語での表記も「An Unknown Lady」。
画家と女性との間には何の関係もない、ということか?。
一瞬、町で見掛けた美しい貴婦人、ということか?。

しかし驚くことに……この女性は貴婦人などではなく、娼婦なのだそうだ。
ここで、邦題の『忘れえぬ女』が崩壊する。
いや、「画家にとって忘れえぬ娼婦」といった生々しいストーリーを想像した方が
楽しい(笑)。いやいや、それはイワン・クラムスコイの芸術を冒涜するものである。
なぜなら、この絵の芸術性はあの時代に娼婦を堂々と描いたことにあるのだ。
女性の解放・平等が焦眉の問題であった19世紀末のロシア社会へクラムスコイは敢
然と問いを投げかけたのだ……。

『見知らぬ女』よりは『忘れえぬ女』とした方が、絵の雰囲気には合っていると主
張する人もいるが、私としては「見知らぬ女性=庶民=労働者」と結びついてゆく
解放の芸術としてこの絵を捉えたい。
同展の終盤に掲げられた下の絵を観た時に、そう確信した。

ニコライ・カサトキン 『女鉱夫』 1894年
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『見知らぬ女』から11年後に別の画家が描いた女性労働者の姿。
殺風景な背景、ボロボロの洋服……『見知らぬ女』とは両極にある絵と言える。
が、モデルの表情は実に生き生きとし、希望に満ちている。
ヨーロッパ印象派の影響もあって、画面全体に開放感がある。
想像するに、ロシア美術は19世紀後半から10年単位でアカデミズムを脱ぎ捨て、
精神的解放の道を歩んでいったのであろう。
その先に、ロシア革命があったということなのか・・・。

ああ、硬い話になってしまった(笑)。
本展では、私の好きな雪景色の絵も沢山展示されていた。
雪の風景を描くのは難しい。様々な「白」を表現しなければならない。
下の絵は見事であった。

ニコライ・ドゥボフスコイ 『冬』 1884年
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雪が止んだひっそりとした様子が伝わってくる。それは、私にとっての最も優しい
郷愁である。長靴がサクッサクッと踏みしめる音と、雪の味を思い出させてくれた。

味と言えば、ミュージアムに隣接する『ドゥ マゴ パリ』というレストランで、展
覧会記念・特製ビーフストロガノフを食した。
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1,580円のランチは実にブルジョア的(笑)。
が、トロトロ牛肉たっぷりの味は卒倒ものであった。
考えてみたら、1990年に宇宙開発関連施設の取材のために旧ソ連に二週間滞在し
た時に食べた以来であった。
あの時は、ビーフストロガノフに限らず毎日食べるメニューがあまりにも自分の舌
と相性が良く、(俺にはロシア人の血が流れているのか)と思う程であった(笑)。
う〜ん、今週末のディナーはビーフストロガノフに挑戦してみようかぁ。。。。

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JR 「駅からサイクリング」予約完了
JR東日本千葉支社が企画した「駅からサイクリング」に申し込んだ。
今日の午前10時からの受付開始だったのだが、朝から病院で検査があったため、
午後5時頃ネットで申し込んだんよ。定員100名なんでダメかなと思っていたら、
9時過ぎにJRから「予約完了」のメールが届いた…心配し過ぎかぁ(笑)。
総武線・両国駅から大原駅までサイクリング専用列車で行き、九十九里海岸線のサ
イクリングロード(約50km)を走り、成東駅から両国駅まで専用列車で帰って来
る行程。実施は7月4日。旅行代金は4,800円。まあ良心的なんでないかい。

自転車を解体せず列車に乗せることが出来るのが、俺にとっては最大の魅力。
今やツーリングの主流は、往路を自走して、復路は自転車を解体しての「輪行」な
んだな。重量級のクロスバイクに乗っている俺は、この「輪行」が面倒で苦手なん
よ。というか、一度も経験が無〜い。
半分負け惜しみで、「やっぱ 自転車で家まで帰ってくんのがツーリングの醍醐味っ
しょ!」とツッパっていたら、誰からも誘われなくなっちまったい(笑)
その点、この「駅からサイクリング」だと、両国まで自走してそのまま列車に積み
込んで、帰りも両国から自走で帰って来られる。まさに、俺のような者のためにあ
る企画だなこりゃ。
しかも、50kmのサイクリングに6〜7時間充てているから休憩も充分とれる。ビーチ
で寝っころがってくっかぁ(笑)

九十九里のサイクリングロードは、昨年の「太東埼ツーリング」で走っている。
あの時は大雨の中を走ったが(それなりに楽しかった)、今回は晴れ渡った海岸線
を走りたいものだ。
九十九里と言えば、TVドラマ「MR.BRAIN」で盛り上がっているそうだ。木村拓
哉の役名が「九十九 龍介」ってんでアヤかったんだな。何か面白いものに遭遇でき
るかもな(笑)。

一ヶ月程前、太東埼を舞台にした映画『ポストマン』を観て爽やかな気持ちになった。
ほとんどの人は「げっ、ベタな映画だな」とバカにしただろうが、灯台周辺の空撮
の素晴らしさなどに俺は熱くなったよ(MR.TANJUN)
こりゃ寄り道して太東埼灯台に再会してくるしかねえべな。。。。
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